母の引っ越しと余命宣告

母がようやく今の自宅を引き払うことを決めてくれたのがついこないだ。

5ヶ月空き家になっていました。

一昨日は日赤通院日で私は急遽決まった引っ越しのため、母を日赤に送り届けてから夫と荷造りに行ったのですが。

途中母から電話で

「助けてー。」

と、MRI後痛みで動けない。

と。

なんとか看護師に頼みましたが、ステロイドの痛みは10日で切れますね。

付き添って上げれなくて申し訳なかったな。と思ったのだけど、荷造りを終えて日赤について母のバッグを預り携帯だけ渡そうとしたら、巻き寿司とぼんち揚げのようなものが出てきました。

夫も一緒にいたんだけど、母のために有給をとったり昨年末から休みなく動いてくれてたので、もう申し訳なくって。

祖母も買い食いしては怒られてたみたいで、仕方ないのか?

日に日に母の頭が弱くなってきていて、時系列がおかしくなったり物事を深刻に受け取れなくなってるように感じます。

高濃度ビタミンC点滴を受けながらもずっと糖質を摂り続けていたのか?

不明ですがその後担当医より最悪の返答を聞かされました。

母の体のあちこちの痛みの原因は転移によるものでした。

神経に飛んでおるから痛みが出ているとのこと。

真ん中のお腹のあたりの影についてはただの炎症かも。と担当医は言ったけど、私のほうで思い出したのが、昨年末の膵臓当たりの痛み。

そのことは担当医にも伝えてたのになぜ考えないのか?

どうもそちらも転移のようです。と後付けで言われたけどなぜ私が気づき見立てるのか?

本当にすっとぼけた担当医。

でももともとあった胃がんが消えてるそう。

ここで思ったのが、退院前からお尻が痛いと訴えてた母。

担当医は白血球をつくってるからだ。とワカランチンの説明をしたけどこのころから癌に侵されてたのだろう。

抗がん剤は強烈な発がん性物質。

胃がんは消えたけどそののち、ブドウ糖点滴による糖の過剰投与と相まって新たな癌を育てた。

アシドーシスもなかなか消えず、アシドーシスがでてるからまた抗がん剤を使った。とかトンチンカンなことばかり言う。

そして質問すると機嫌が悪くなる。

「もうコロナで医療崩壊してるから速めに入院申請しないと間に合わないですよ。」と怒り口調で言われる。

そしてステージ4まですすんでおり、余命1,2か月。とのこと。

いっきに2ステージ上がるんですかね?

母は半分は覚悟していた。と動揺は見せなかった。

担当医の提案は放射線治療。

首、太ももに照射し焼く。

ただ首は神経が近いから損傷、麻痺などが残るかも。

膵臓のあたりのは臓器があるから放射線は使えない。という何とも中途半端な提案。

こちらで緩和ケアも視野に入れて考えることにしました。

引っ越しの荷造りしながら、母の始末の良さに感心しました。

細かいところまで掃除が行き届いて、チリ一つ落ちてないし収納が凄く上手。

5か月前まで、自転車に乗って買い物にも行けてたのに。

癌が怖いのか?

抗がん剤が怖いのか?

身近で見ていてやっぱり抗ガン剤は絶対に入れてはいけない。と断言できます。

体、そして頭が猛烈に弱くなっていっています。

糖質制限は苦しそうだからもう好きなものを食べてもらうか?

高濃度ビタミンC点滴でよくなってる人は最低3か月はかかってる。

母はまだひと月。

最後まであきらめず頑張って通うか?

話さなければありません。

本人曰く、初めに高濃度ビタミンC点滴に通ってるときは疲れ知らずで良さを感じた。

たくさん動けるし意欲も出た。

腰骨にステロイドを入れてからしんどくなり意欲も出なくなった。

どなたかの参考になればと思います。

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