wpw症候群 発作性上室性頻脈

みなさんこんにちは😊

先日は地域の神社の催し、神楽に行ってきました。

毎年この時期の名物、滅多とない子どもたちの夜遊び公認の日でもあります😆

大人たちも楽しく拝見します。

さてタイトルの症状をご存知の方はいらっしゃいますか?

実は私子供のころwpw症候群というのを患っておりました。

これって病気かな?

WPW症候群では、心房と心室の間にケント束と呼ばれる、房室結節以外に電気を伝える異常な伝導路があるため、心房と心室の間を電気の興奮がくるくると回ってしまいます。

medicalnote.jp

もうかれこれ20年前の医師の説明では生まれつき心臓の中に余分なバイパスがあり、何かのはずみで電気信号がそちらのバイパスに流れた際に、空回りして脈拍が跳ね上がる。そのバイパスは先天性のものです。

とのことでした。

ん?9歳の時に初めて発作がでました。

そのころに余分なバイパスは形成されたんだろうか?

当時両親の離婚、引っ越し、転校、いじめ、生活が荒れ袋麺をよく食べさせられていました。

過度のストレスに栄養不足が加わって形成されたとも思えます。

母方が心臓が弱いらしいので遺伝的に弱い所に出たのかもしれず、頻脈は1分に150~170回、血の気が引いて、耳の奥がくぐもった感覚、ふらつきで起きて居られなくなります。なぜか喉も痛くなります。

これは突然現れ、突然治まります。

回数を経験するごとにわかってきたのがジャンプしたり、心臓を圧迫するようなことをすると誘発される。

治まる時は腹筋をしたり、水をごくっと飲んだりすると治まることがある。

子どもの時は病院に連れていってもらえることはなく、ただ布団で寝かされました。

毎回学校の心電図検査で引っかかり不整脈との診断で再検査を受けたり、1度だけ後日病院に連れていってもらいましたが詳しい所見は見られず帰されました。

発作が始まると喋るとさらに脈が上がるため物を言うのもはばかられる。

友達と楽しく遊んでる時に発作が出たこともありましたが、子ども同士の中で「発作が・・」とは言えず我慢したり唐突に「帰るね」といって帰宅したこともありました。

性格が暗くなります。

動きを制限されることは子ども心につらいことしして、前駆症状だけが出ることもあり(発作が出かかったけどセーフ)一瞬無口になります。

ここでしゃべったら発作決定!してしまう。

伸び伸び育つことは不可能でなんというかあくの強い性格が形成されていったように思います。

母は心臓は健康なようですが、祖母が病気が多く祖母の通う病院に罹ったこともありました。

年々発作の回数が増え、病名も分からないままに中学校では体育の授業は見学が増え、就職すれば職場の慰安旅行とか不安が募るわけです。

ましてや結婚、出産と人並みの人生を送ることができるのか?

当時インターネットはまだ普及しておらず自分で図書館に行って、医学書を読み、自分の症状が当てはまるものにあたりをつけました。

それがwpw症候群。

よし病名はおそらくこれで間違いないだろう。

投薬治療、手術とあるようだから医者に相談してみよう!

と、まず治療法があることに未来に希望が見えました。

だって母からは大人になったら治る。と言われ信じてたけどその逆転現象が起こってたのでとても不安になってましたから。

ですが病院にかかるも”確かに脈に乱れはあるけど発作に関しては症状が出てる時に来てください。でないと病名は言えません”と私にとってはハードルの高いことを言われました。

父はいません。

母は仕事の帰りが遅く、免許なし。

発作なんていつやってくるかもわからないものを、病院まで運んでくれる人は側には居ない。

タクシーは電話して呼び出し、運転手に行き先を伝えるのが苦しい。

なら。自力で行くしかない。

ということであれは26歳だったと思います。

夜でしたが発作が出た最中、愛車を走らせ病院に向かいました。

幸い夜だったため交通量が少なく助かりました。

まあ看護婦さんには怒られましたが😅

危ないですよ、救急車使ってください!って。

で、無事wpw症候群との病名を頂けました。

ここまで初めての発作から18年ですよ。

なんとも要領が悪いのか運がないのか?

が、しかし!!!

担当医のk先生は「まだお若いし薬も飲み始めたらずっと飲まないといけないから、今はいいんじゃないですか?」って、

いやいや困ってるから来てるんですよ。

病院なんて誰もわざわざ行きたくないし、ましてやここの駐車場はすごく停めにくいし。極力来たくない病院にわざわざかかるにはかかるなりの支障があるから来てるんですよ!!!

みたいなことは頭のどこかで感じつつも若かりし頃の私はなんか素直に聞いて帰っちゃいました。

で薬を飲むも、k先生の話だとこちらから言わなければ手術はおばあさんになってからになってしまう。

その間この薬を何十年と飲み続けるのか???

と思い自分が手術を受けなんら制限のない体を手に入れたいことを伝えました。

するとそこの病院ではできないらしく3択で病院を選ぶことになり、直感で警察病院を選びました。

今思えばちょっと遠いんですが、紹介状を頂き向かいました。

手術というよりもカテーテルによるバイパス焼灼術とかで検査入院して下さい。と言われ4.5日入院したように思います。

しかし入院初夜から問題勃発!寝れません!となりのベッドのおばあさんの方から妙な音と声が聞こえてくる~・・・

トイレに行くときに見てみると長い大きな数珠をじゃらじゃらこすって、髪を振り乱し拝んでいて見た目に結構怖かったです😥

これは毎夜12時を過ぎるまで続きました。

どうしても大部屋って色々ありますよね😅

眠れない日々でコンデジションいまいちながらも迎えた検査当日、いよいよ治療開始です。

長くなったので次回に続きます。

ここまでお読みいただきありがとうございます。😊

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