親の受けた医療ミス

小西伸也先生のFacebookより。

【治る側の覚悟】薬漬け、依存心、不安心配、は栄養療法の効果を半減させます。このような場合、まずは、自己革命が必須になるでしょう。① 病気の原因を他人の責任(薬、医療事故、自分にストレスを与えた人物など)と捉えると、いつまでも治りま…

小西 伸也さんの投稿 2018年11月11日日曜日

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【治る側の覚悟】

薬漬け、依存心、不安心配、は栄養療法の効果を半減させます。
このような場合、まずは、自己革命が必須になるでしょう。

① 病気の原因を他人の責任(薬、医療事故、自分にストレスを与えた人物など)と捉えると、いつまでも治りません。

たとえそれが事実であっても、自分の質的栄養失調や、自分の生き方の問題として捉えたとき、道は開けます。

三石先生が鉛中毒の被害を受けたとき、工場との裁判に人生を費やしていたら、分子栄養学は生まれなかったでしょう。

② 人に相談するより、人の相談に答える立場に立つ。
例え数ヶ月でも、病気を治すために情熱を注いできたのならば、そこで得た情報は宝です。

人に相談する何倍も、人の相談を受ける側に回りましょう。
相談を受けるときは、不安を煽らず、希望が湧く言葉のみを発します。
相手に希望を与えれば、自分にも希望として返ってきます。

③ 傷の舐め合いをしない。同じ病気のもの同士で、不安を語ると安心します。

しかし、溌剌とした人、病でも愚痴らず凜と生きている人の背中を追うべきです。

④ 同情してくれる人から離れましょう。恐怖を煽る人から離れましょう。

以上

血液検査の結果や、表面的な症状に不安になったりしますが振り回されないで冷静に、理性的に対処出来たら素晴らしいですね。

少し思い出したことを書きたいと思います。

母の事です。
母が30歳のころでしたが仕事中これまでにない腹痛を感じ、会社近く内科を受診しました。
私がまだ小学生の頃だったので、経緯は簡単に聞かされただけですが、その内科でバリウムを飲まされて検査ののちに盲腸だろうと、地域の少し大きな病院を紹介されました。

祖母曰く、この時点でバリウムを飲ませること自体がおかしい、と言っていました。
祖母は病気がたくさんあり病院の常連だっただけにそういったことは知識があるのかもしれません。

そして紹介された病院に受診、入院、手術の運びとなりましたがそこで医療ミス。
術後40度の熱が10日間続き、医者は原因不明だと首をひねったそうですがなぜか一旦熱は下がり、退院となりました。
この病院は看護師の様子もおかしく、母が入院中に嫌がらせのようなことも受けたようです。

そこから一体どのくらいの期間が開いたのかわかりませんが、私が母と自宅にいた時で記憶にあります。
朝から母が布団から起き上がれずお腹が痛い、祖母に電話をしてくれと、まるで懇願されるように母に言われて祖母に電話をし、その後救急車が来ました。

今度は祖母がお世話になっていた病院に運ばれ、母は即入院。
腸閉塞、敗血症、輸血。
そんな言葉を記憶しています。

最初の盲腸の手術の時に体の中にガーゼを残され縫合されていたようでした。
とても痛く苦しく母はすぐに手術を望みましたが、それでも一晩待たされとても苦しんだことを後に話してくれました。

長時間にわたる手術だったと記憶しています。
子ども心に落ち着かず不安だったことが思い出されます。

母のお腹には32針の縫合跡。

術後お迎えが見えたようです。
雲に乗った尼僧と病室の壁から天井から世界中のあらゆる時代の、年齢の人の顔、顔、顔。

帰れ!子どもを残して死ねない!!と心の中で叫び追い払った。と母から聞かされました。

そしてその後は順調に回復していきました。
思い返せば盲腸を切った医者はおそらくガーゼを残したことを気づいていたのではないか?
とぼけてるような様子だったそうです。

淡々と書きましたが、結構壮絶な出来事だったと思います。

祖母が一連の事に対し怒り、盲腸を切った医者を訴える!!!と当時吠えたそうです。
しかし母は根っからのお人よしで、飄々とした性格でもあり、医者が今回の事を本当に反省すれば今後はいい医者になるだろう。そうでなければそれまでの人だと過去を振り返ることはしませんでした。

その当時母はとても考えられない苦労の中にあり、手術後に間もなく離婚。
私を引き取り育ててくれました。
最初は貧乏でした。
が数年先には地域では高級。と言われるマンションに移り住み、母はゴルフ三昧、毎年海外旅行。社会的地位、高収入、何不自由ない生活を手に入れました。

母曰く、手術から自分は人生が変わった。とよく言っています。
父に対する見切りがついたこと。
一度落としかけた命だから、一瞬一瞬を精一杯生きれたという意味なのか?
その言葉の意味を聞いたことはありませんが、覚悟をもって生きていたことはひしひしと感じます。

もし医者を恨み過去に縛られ生きていたなら、華やかな人生を送る母の姿はなかったでしょう。

私も医療ミス?により今も後遺症を抱えています。
ただ恨むことはしていません。
その医者に縁が付く自分。
その医者だっていつもミスするわけではなく、なぜ自分がそこにそのタイミングで嵌まるのか?
もっと根本的なことに意識を向け前向きに自分の体と向き合うことが正解だと思っています。

それと医者の間違いで症状が長びいていることに実は多くの人が気づいていないだけかもしれません。

開業医にリウマチと言われて長年薬を飲んでた人が、副作用でおかしくなり薬をやめたらすべてがよくなった。とご近所の方の親の話なんですが・・・

盲腸の手術なんて簡単で、若葉マークの医者が初めにするレベルの手術と聞いたことがあります。
それをこじらせたばかりに死にかけ、今も縫合跡が人目に付くのが嫌だから。と母は風呂屋にはいきません。
年齢的には温泉を楽しんでいてもおかしくないのですが。
そして腸の手術をしているから。と、食べ物は神経質なほど気づかい消化の悪いものは避け、生魚は口にせず、咀嚼はこれでもかというほどよく噛んでいます。

冷たいものも飲まず、輸血していることも念頭に置き羽目を外さないよう注意を続けています。

食の楽しみはほぼありませんがそれでもかつての医者の悪口を言うことはありません。

わが娘も医者のミスにより苦しんだことがありました。
辛い思いをさせ親として苦しみましたが、医者を恨むことはしていません。
ただ医者はしっかり選ぶこと。
特に若い医者は怖いです。
そして初動が大事。と学びました。

日ごろから評判のいい医者を探すようにしておくこともいざというときに心強いですね。

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