糖尿

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5月の中旬に糖尿性ケトアシドーシスで倒れた。

5月の中旬に糖尿性ケトアシドーシスで倒れた。

原因はお菓子を食べてしまったことと、ご飯を食べなくなったこと。

大学生になって周りの環境が変わった。

お肉だらけのお弁当も、みんながお菓子を食べてるときにお菓子が食べられないことも嫌になった。

4月少し立ってから毎日少しずつお菓子を食べるようになってしまった。

少しだけ、と思って。

当然血糖なんて測らなかった。
数字を見たくなかったから。

でも測らなくても血糖が高いことはわかった。

毎日具合が悪かった。

眠かったり、頻尿、多尿、そして口渇があって講義中にトイレに何度も立った。

動機がずっとしていた。

腰も痛くなった。

腎臓に負担がかかっているのもわかっていた。

でも、試験紙で尿蛋白が出ていないことを理由に無視した。

水分が足りないからだ、と思いこむことにした。

具合が悪くても何も言わないようにした。

お菓子を食べて具合が悪くなりました、なんて言えなかった。

怒られるのも怖かった。

みんなは制限できてるのに制限できない自分が情けなくて仕方なかった。

一型で、ノーインスリンで。
糖質制限でうまくいってる子って言われたりして、変なプライドがあって相談はしたくなかった。

恥ずかしくてできなかった。

お腹空いたからお菓子を食べる。これが当たり前になった。

少しだけって思ってた。

どんどん”少し”が増えていった。

食べてるときは幸せだった。

みんなとお菓子交換するのもなんだか馴染めた気がして嬉しかった。

でも、食べたら眠くなって、動機が激しくなって、お小水も何度も何度も。

明日からは減らそうって何度も思った。

思うたびに買う量が増えていった。

少しずつ食べてたって言ったけど、たくさん食べてたとおもう。

半年以上採血にはいってなかったと思う。

血糖も測らない。

具合が悪いことも言わない。

とにかく隠した。

採血しなくてラッキー!バレない!って思った。

反面、腐ってると思った。最低だとも思ってた。屑だと思った。

でもお肉は食べたくなかったし、見るのも嫌だった。

毎日ごはんが美味しくないと感じて、食べない。

食べないからお腹が空く。

お腹が空いて、お菓子を食べる。

悪循環にハマっていたのだ。

健康診断で体重を測ったらいつの間にか3キロほど減っていた。

当たり前だ。

私の膵臓はたくさんの糖質に対して正常な機能を働かせることができない。

エネルギーにならない分は尿糖になって出る。

タンパク質の摂取量が少ない、でも糖質ばっかり取る私の体には筋肉も脂肪もつかなかった。

でも母には手紙はいかないと思って嘘をついた。

あるとき、嘘がバレた。

でも、運動やめたから筋肉落ちたんじゃない?って言って無理やり丸め込んでその場を済ませたのだった。

バレなかった、ラッキー、あぶねっておもってた。

どんどん多尿、口渇は酷くなった。

腰は痛くなって一時間立っているのが辛かった。

夜は多いときで四回起きた。

起きなかった日はなかった。

でも何も言えなかった。

サプリは飲まなかった。

もともとめんどくさがりで、飲んでいた時期もあったけど続けることができなかったから。

たまに母に飲みなさいって怒られてもやだやだいって結局飲まなかった。

味覚がおかしかったから、糖質制限できてた頃みたいに自然な野菜の甘みとか、お肉の味とかわからなかった。

「お野菜甘くて美味しいねぇ!」って喜ぶ母をバカバカしい、と思っていた。

倒れる一週間前。

もうほんとにやばいなって思ってた。

朝電車に乗って学校の最寄り駅で降りる。

バスまでの時間にお菓子を買うことが習慣化していた。

こんなとこにコンビニがあるのが悪いんだもんね、と自分に言い訳をしていた。

高血糖が続き、嘘つき続け、心も病んだ。

自傷行為もあった。

狂ってる、って思った。

でもどうしょうもなかった。

倒れる前日、いつもどおりに学校に行った。

その日は1、2限に演習が入ってた。

いつも通り演習が開始された。

いつも通り一時間立ってるのがきつかった。

でもその日は何か違った。

少し息苦しかった。

マスクをしてるせいだと思ったけどマスクを外しても苦しい。

呼吸をしてるのに酸素が薄い感じがした。

でも無視をした。

たまにはこういう日もあるよね。

すぐに治る。って思っていたから。

でも違った。

夜になってもっと苦しくなった。

苦しくてご飯が食べられなかった。

泣きながら食べた。

サプリも今更飲んだ。

何したら治るかわからなくて、とりあえず鉄と亜鉛。

その夜も二回くらい起きた。

ずっと苦しかった。

翌朝、起きたらマラソン後みたいな呼吸になってた。

苦しかった。

起きてから6回、嘔吐した。

とても学校なんて行けなかった。

喋るのもやっとだった。

あぁ、つらいなんで私だけ…って思った。

とりあえず近くの大きな病院に行った。

内科で、呼吸器に異常はないですと言われた。

とにかく辛かった。

呼吸をしてるのに呼吸ができなかった。

ずっと溺れてる感じ。

次に長らく通ってなかったかかりつけの病院に行った。

母が心配して、重曹を飲ませてくれたんだっけ。

車の中で意識朦朧としていた。

多分意識障害を起しかけてたと思う。

意識朦朧とする中でお菓子をたくさん食べた自分を恨んだ。

もうしない、って思ったけど遅かった。

「病院ついたよ」って声をかけられた。

もう限界だった。

歩くのもままならない、なんとか病院のソファーまで歩いて、倒れ込むようにすわった。

とにかく苦しくて、殺してほしいと思った。

そこから診察室にすぐ通されて、もうほとんど記憶がない。

意識障害を起こしてた。

次記憶があるのは、もうすぐで救急車くるからね、って看護師さんか、先生だったかの声。

また意識が途切れて、次気づいたのは救急車に載せられたときの振動。

たくさん車の中に人がいて、何されてるかわかんなかった。

「お母さんはあとから車でついてきてください!!!」って聞こえた。

起きたら病院のベットだった。

私は大きい病院のICU運ばれたらしいのだ。

尿道にはカテーテルが通されて、点滴が通されて、心電図が貼り付けられていて、

いつの間にか病衣になってた。

のどが渇いて、うまく喋れなかった。

診断は糖尿性ケトアシドーシス。

意識障害と、

朝の嘔吐で脱水も起こしていた。

母が心配そうな顔をしていた。

たくさん罪悪感を感じた。

反省したけど遅かった

そこから二週間ほど入院をした。

しばらくして、担当医と話す機会があった。

まず、インスリンがほぼゼロになった知らせを聞いた。

当たり前だ、私が悪いと思った。

「これからはインスリン注射をしなければいけません。

インスリン注射すれば、何でも食べたいもの食べられるよ。」

と言われた。

なんだかすごく悲しくなった。

確かに食べたかった。何でも食べたいっておもってた。

でもそれじゃ生きていけないと思って糖質制限を頑張ってきた。

でも悪さをしてた。

でも確実に努力をしてた時期だってあった。

複雑な心境を、今までのこと、何も知らずに「なんでも食べられるよ」って言ってきた医者がとても嫌だった。

たくさん泣いた。

笑われた。ショックだった。

自分が悪かったけど一言で片付けられて不愉快だった。

医者は私が母親に無理やり糖質制限をさせられていると思っているようだった。

泣いてる途中に「彼氏いるの?」っていきなり聞かれた。

むかついて、クソ女って言った。

クソ女は私だったけど。

その医者が嫌いだった。

早く退院するために医者の言うことを聞かなかった。

毎日卵10個以上食べまくって、チーズも食べた。

ケトンが消えないって言われたけど無視。

断食だってしてないもんね。

嫌いだから聞かなかった。

いや好きでも聞かなかったと思う。

入院中に亜鉛とミヤリサンを飲んだ。

2日食べてない状態での卵は最高にうまかった。

感動したのだった。

入院中にこれまであったことを母に話した。

たくさん話せる時間があった。

ゆっくり話し込んで、これからどうしていくかを決めた。

今まで通りに糖質制限を続けることにした。

サプリをきちんと飲むこと。

採血に行くこと。

血糖測定はインスリンを打ち始めたために余儀なくされた。

あと、月に一回は今の食事で、やり方で不満がないか、の話し合いを決めた。

倒れて大変な思いをしてから一ヶ月目になる。

たくさん反省があった。

でも学んだこともたくさんあった。

死にかけなきゃ学べないサル並みだけど。

インスリン必須になっちゃったけど、単位はどんどん減らしていこうと思うし、これからも糖質制限を続けようと思う。

自分の状況を話すことは大切だなって思った。

おかあちゃん、先生ありがとうございます

これからもよろしくね

とっても長くなったけど、今までの懺悔と、これからの戒めに。